パリ。花の都、パリ。
パリジェンヌ。ボンジュール メルシー ジュテーム カプチーノ シルブプレ。
行ったこともないくせに、フランスという国にどうも好感を受けぬまま27歳になっていた俺の初フランスの話。
歴史教育というのは実は怖い。遠くを睨んで(1902)日英同盟、とか。日独伊三国軍事同盟、とか。
これらは教科書の中の昔話であり、自分の人生とは大して関係のない過去の出来事のはずだという認識。
中学生の俺に「イギリスと日本は仲間だったのか! そうだったのかあああ! レッツビーフレンド!!」
なんて仲間意識が芽生えるわけもない。
『マルクス・アウレリウス・アントニウス』という名前に彼の親はいったい何を考えていたのかと逆恨みをしたり、
『リキニウス・セクスティウス法』の早口言葉具合に一人孤独に小さな絶望を感じてみたりするものの、
それでもやっぱりその日の給食の献立のほうがよほど大切なことだったりするわけです。
しかし、どうだろうか。
道ですれ違った半笑いのフランス人に三日目のフランスパンで殴打されたとか、
そんなアンニュイな被害を受けた経験もないのに、このフランスに対する好感度の低さといったら。
俺はその原因が、義務的な歴史の勉強にあると推測するに至った。それ以外にフランスに接点がないという理由。
知らず知らずのうちに、フランス=敵 という固定概念が生じてしまったとみえる。
歴史の教師が特定の国に対して偏った発言をしていた記憶がない以上、明らかに犯人は俺じゃないか。
そう考えると、湯気が上がるソフト麺のビニール袋を箸で4つに分けていた、あの頃の自分が突然信じられなくなる。
フランスはいつも敵国。ロシアの友達。
別に血と涙を共に流して戦った仲間というわけじゃないけど、とりあえず同盟暦が長いドイツ。
誰がそう教えたわけでもないのに『君たちは仲間だよ』という俺の心の奥底の認識。異様な好感度の高さ。
ドイツ本国では名前を出すのもタブーとされているヒトラーにも、全く嫌悪感がないのもこのせいか。
いや、もっと言うならナチスがフランスに攻め込んだという教師の説明を聞きながら
「よし、フランスなどボコボコにしてしまえ」と思う14歳の邪悪な俺もいた。
愛国心がとりたてて強いわけでもないだろうし、映画のドラえもんやクレヨンしんちゃんでは号泣するくせに
『蛍の墓』を見ても泣かないし…。それでもこうだ。恐ろしい…教育とは実に恐ろしい。
その反面、パリは芸術の町というステレオタイプの刷り込みも俺の堅い頭にはしっかり完了している。
ウィーンから激動の一晩を寝台列車で過ごし、アバンギャルド・DE・パリに到着。
一歩プラットホームに降り立ち、足元に残るただの足跡を見るだけでも
「おお、さすがパリ。芸術的だ」などと妙に感情の上方訂正をしてしまうから先入観というのは実に恐ろしい。
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とにかく、ちょっといけ好かないおフランスだけれども、来たら来たで楽しいだろうし、第一そんな気持ちじゃ失礼だろうと改心。
そうさ、世界で年間観光客数が最も多い都市だというこのパリ。つまらないはずがないだろう。魅力的に違いない。
ドイツに行くときフェリーの中で会った、オリバーというドイツ人のおっさんもパリは素晴らしいと言っていたじゃないか。
よぉし! と、心を完全にリセットし、さあ旅行を楽しもうよとパリの地図を広げた。
うっ…
地下鉄の路線図がこんな感じだった_| ̄|○ ホウコウオンチ ナノニ...

松田勇作ばりに叫びたくなるぞ。なんじゃこりゃ。地下鉄の数が半端じゃないぞ。
肯定的に捕らえるなら、さぞ便利でしょうなあ…というところか。
しかし否定的に言うのなら、非常に面倒くさそうだ…
結論としては、旅行者にとっては後者らしい。
ウキーッ! 乗換えのときに死ぬほど歩くぞ! おいおいおいおい、駅の中で10分ぐらい歩いたぞ!
さらにさらにさらに! ダメダメじゃないか、パリ!
1:駅が古くてエスカレーターがない上に階段だらけ。荷物が死ぬほど重い旅行客は大変。
2:しかも駅にコインロッカーもなければ、預ける場所もない。NYテロ事件以降消えたらしい。
3:構内の表示がほぼフランス語のみ。英語ですらほとんどない。絵を見て連想ゲーム状態。
キィーーッ! ムキィーッ!
かんしゃくの極みだ。
この社長椅子にふんぞり返ったような態度が、なぜか元日本代表監督のフィリップ・トルシエを思い起こさせる。
実に挑発的な態度だ。これで世界最多の観光客を呼び寄せるとは、実に恐れ入ったとしか言いようがない。
まあ、こちらは旅行させて頂いている弱い立場。与えられた状況に不満は言えない。地下鉄で移動。
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目的地は、そう。パリと言えばシャンゼリゼ通り。
「おーシャンゼリゼー おーシャンゼリゼー♪」
「おーシャンゼリゼ」。
しかもド田舎のくせにフランス語バージョンでお送りするという、このハイカラ具合。
肉体が滅びて、ドクターボンベに人工心臓を移植されたとしても、きっと忘れることのないこのメロディー。
1年に200日ぐらい給食を食べるとすれば6年で1200日。
数えてみれば歌の中に14回の「おーシャンゼリゼー」がある。
すると実に人生で16800回ぐらい「おーシャンゼリーゼ」と聞いたことになるじゃないか。これはすごい。
暫定2位の「お昼休みはウキウキウォッチン」とは桁が違う、ブッちぎりで人生最多だろう。
さてさて、忘れもしないある日のこと。
「ねえセンセ、この歌の“しゃんぜりぜ”って何?」と担任の先生に聞いた。
おばあちゃんだった先生は「フランスにある長くてきれいな道だよ。大きな門もあってねぇ」と柔和な目で教えてくれた。
純粋だった俺は、きらきらひかる太陽の元、金髪碧目の少女が楽しげにママと手をつないで歩いているという
童話の挿絵から飛び出してきたような、ある種幻想的で、自分の生活とは違う西洋世界の映像を映し出す。
そんな想像の世界だったシャンゼリゼ。
実際に来た。
感慨深いというわけではないが、それでも「ほー、ここがかの有名な」ぐらいの気持ちにはなる。
気をよくした俺は、喉の奥で「おーシャンゼリゼー」と歌いながら道を練り歩いた。
寝台列車と地下鉄の階段攻勢に身も心も枯れ果てた20代後半の不精ヒゲを生やした東洋人が
口の中でまごまごと「おー…シャンゼリゼー…」と歌いながらちょっと下向き加減で歩いているのだから
すれ違った西洋人からしたら恐怖の対象以外の何者でもなかったことだろう。
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ところで「おーシャンゼリゼー」を二回繰り返す部分以外の歌詞はまったく覚えていない。6年間も聞き続けたのに。
仕方がないので「タララン~ タララン~ タララン~ タララン~ タララララララ シャンゼリーゼ」とごまかしておいた。
というわけで、俺は来てしまった。
凱旋門に来てしまった。
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来たんだ。あのシャンゼリゼに。
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おー
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ヽ(`・∀・´)ノ シャンゼリーゼ!
うわわわわ。凱旋門って実際に見ると、意外に迫力がある。今までの観光地とは違って、それなりに満足感と達成感あり。
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まあ、それでもこの門がちょっとした小芝居を打つわけでもない、いわばただの石の塊。
写真撮ったりしつつも、ものの10分も見てれば充分でしょう。
んで、またここに来る日はたぶんないだろうなと思いつつ、俺の人生のシャンゼリゼは終了。
(´・ω・`) おー
(´・ω:;.:... シャンゼリ...
(´:;....::;.:. :::;.. ..... ゼ...
...
で、夜の話。
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飲み屋。まあ、小汚いバーでの出来事。
もともとは『腕時計がものすごい嫌い』というところが発端となるわけで、
普段はケータイがあるんで気にならないものの、今は海外旅行中。
それでも時計をせずにいたことが原因で、終電を逃すという、さもありがちなトラブルに見舞われる。
午前1時を回っていて、マクドナルドなどは全て終了。シャンゼリゼ通り沿いのホテルは星が3つ4つあるので絶対無理。
インターネットカフェの素晴らしさを実感しつつ、開いている店がバーしかなさそうなのでそこで朝まで待つことにした。
看板に「24h」と書いてあったというのが全ての理由。そして、この店でとあるフランス人グループと知り合うことになる。
最初の一言は強烈だった。
後ろの席にいたある男がこう言った。
「Japanese?」
振り向くと、
「Are you Japanese?」
と確認するので、「そうだけど何だよいきなり」ってな感じで軽く頷くと突然
カメハメ波!
と、ポーズつきで。ああ、そうですか。日本人はドラゴンボールですか。

瞬間的にすげぇめんどくせぇ…と思いつつも、朝まで特にすることもないし、彼らと戯れることとする。
絵では2人だけど、実際は5、6人のフランス人グループ。全部男。
そんな中で主に話をしたのは2人。カメハメ波の彼は酔っ払って会話不可能。
ロンドンで働いている格闘技大好きの好青年とアルジェリアからの移民2世のアニメオタク。
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左の彼はものすごい空手をリスペクトしているらしく俺が日本人だと知ると、まず背を伸ばし改まって挨拶。
「押忍っ!」
と低い声で男らしい声を出しながら手を合わせてお辞儀をする。
俺は仏壇か。墓か。神社の賽銭箱か。何なんだ。とにかく、とても何かが間違ってる。
↓こんな感じ。
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まあ、彼にとっては日本人に日本式(だと思ってる)挨拶をしてみたかっただけなんだろう。かわいいじゃないですか。
韓国人に会った日本人が「ヨン様って韓国でも人気あるの?」と聞くのと同じようなことだ。
個人的には遠い外国において…
チョンマゲ姿で和服を着た人たちが富士山がある庭園を持つ金閣寺に住んでいる。
移動はすべて新幹線で、渋谷109の前でコギャルやヤクザや侍や忍者が混在している…
と、そういう間違った日本観、簡単に言えば「キルビル」の世界みたいなのが好きなので訂正はなし。
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格闘技オタクの彼は空手、極真、K-1、プライドの日本人選手の名前を嬉しげに列挙。
ごめん…90%ぐらい知らない人。平和主義者は痛いの嫌いなんだよね。
で、俺も礼儀としてフランス人選手の名前を言わなきゃいけないみたいな空気だったので
「それでも俺、ジェロム・レ・バンナとシリル・アビディぐらいは知ってるよ」と、名前は出しておいた。
彼は「おお、そうかそうか」と満足げに頷いていた。ちょっとした国際交流。
そんな中、後ろのテーブルではカメハメ波の彼を中心に大声で言い合いが始まっている。
友達同士でものすごい剣幕で怒鳴っているではないか。何を争ってるんだ、なんて思っていたが
うん? 全然わからないはずのフランス語の中に妙に聞きなれた単語が入っている。
「ドラゴンボール」とか「ナルト」「ケンシン(るろうに剣心か?)」「ケン(北斗の拳か?)」
そう。20代も中盤を迎えた彼らは本気で「どのアニメがベストか」というので揉めている模様_| ̄|○
格闘技オタクの彼はロンドンで働いているため、英語ができるので確認してみるとその通り。
カメハメ波の彼はドラゴンボールを。アルジェリア移民の彼はNARUTO派。
長髪にヘビメタ風の風貌の男は「キャプテンオリバー」こと「キャプテン翼」を。
もともと静かなバーではなかったけど、それでもこのテーブルだけちょっとうるさくなってきたのを感じたのだろう
格闘技オタクの彼は精神的にちょっと大人で「うるさいからやめろ」みたいな感じで止めに入った。
が、いつしかエキサイトしたらしく「北斗の拳」が最強だと叫んでいた。
そしてカメハメ波の彼は「ケンシロウ」という言葉に激しく反応。アタタタタタタタと横の友達に北斗神拳を炸裂させている。
わけわからん。お前らは幼稚園児か。
矛先は俺に変わる。埒が明かないので「じゃあ、日本人に聞いてみようぜ」みたいな雰囲気をひしひしと感じる。
そしてロンドンの彼から質問「みんなが日本人がどの漫画がベストか知りたがっている」と。ほら来たよ。
おいおいおいおい、俺が日本代表ですか。やめてくれよ。そういうの嫌いなんだって。
今までの短い会話を参考にするのならば、彼らの心を掴むのは「戦う」「忍者」「侍」などのキーワードを持つ漫画のようだ。
つまり、まさかここで俺の心のバイブル「稲中卓球部」と言うわけにはいかない。
彼らの価値観を持ってしては、おそらく「変態」の一言で片付けられるだろうし、知らない可能性も高そうだ。
かといって、誰かの推奨するアニメを支持したら、彼らの中のバランスが崩れるのでよろしくない。
その間にも、横から「NARUTOでしょ?」という懇願した目のプレッシャーもある。
なんで俺がこんなに気を使わなきゃいけないんだ。
と、とりあえず適当に無難なところで「ポケモン」と無味無臭人畜無害の答えを出しておきました。
それを聞いたカメハメ波男は予想通り、立ち上がり「ピカチュー!」と叫び、隣の友達の頭にかじりついてましたが。
フランスのピカチュウは意外に凶暴のようだ。
その後もグダグだと話をしている中、俺が地下鉄の始発を待ってると知った格闘技男から
「深夜バスがある」という情報を軽やかにゲット。ああ、そうだったのか。
さわやかな記念写真を撮ったつもりだが、田舎くさい仕上がりに恥ずかしいながらも、意外にそれがいいとも考えたり。
とにかくお別れ。彼らはバス停まで見送ってくれ、しかもバスの運転手に何かゴニョゴニョと。
どうやら降りなければいけないところに到着したら俺に教えるように頼んでくれたらしい。グッドガイだ。
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そしてバスは深夜のシャンゼリゼをゆっくり走り出す。
窓からは手を振るNARUTOオタクの彼が見える。笑顔がはちきれんばかりだ。
そしてその横では、格闘技マニアの彼が静かに手を合わせて、目をつぶり30度の角度で頭を下げる。
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これがシャンゼリゼ流の「押忍」。俺もバスの中から手を合わせて彼に向かって同じようにした。
この道は深夜にも関わらず交通量が多い。車のライトが光を放ち、きらびやかな雰囲気を演出する。
そんな中でのシャンゼリゼとの別れ。バスは曲がることなく、真っ直ぐ走っていた。
<Aux Champs-Elysees>
←いや「カメハメ波」だった
その誰にでも、というのが君だった、君にどんなことでも言った
君と親しくなるには君に話しかけるだけで充分だった
シャンゼリゼには、シャンゼリゼには
お天気でも、雨でも、真昼でも、真夜中でも
欲しいものは全部あるよ、シャンゼリゼには
旅は続くよ。次はバルセロナだよ、セニョーリータ。
