『猟奇的なO嬢』

「…自分の小ささを痛感した瞬間だったよ…」

「ま、世の中そんなもんだよな」


合流した俺達はジャズバーに来ていた。



音楽のことはよく分からないが、素人っぽい演奏にあまり上手とは言えないボーカル。
それでも店全体には雰囲気があって、ちょっと年齢層は高かったけど白人の旅行者グループが
ビールを片手に盛り上がっているような家庭的と言えるバーと言えよう。
どうしてこのバーに入ったかと言えば、ただ探しているときに目の前にあったからに他ならない。

ビールで小さな乾杯をした後、マガリは生ライブをするバンドメンバーの1人を指差してこう言う。
「あのトランペットのじいさん。俺のじいちゃんにソックリなんだよね」



「じいちゃん~かっこいいよ~」

と祖父を懐かしむマガリ。

そういうことなら、と、彼のためにカメラを取り出し必死にトランペットじいさんの撮影を続ける俺。

これが“誤解”を招く結果となった。

その“誤解”をしたのは20代中盤と思しき女性。
ツカツカと俺達のテーブルに近寄ってくるや

「(英語で)どうして私を撮ってるわけ?」

と、相川翔バリの勢いでインネンをつけて来るじゃないですか。
元々は愛嬌がある顔だと思うのだが、このときはキツネのように目は釣りあがり、恐怖を倍増させている。

「ええっ;; いえ…いや…撮ってないですよ…あの…ホントに…」



「嘘つけ! さっき撮ってたじゃない!!」




と、気持ちいいぐらい全開でブチ切れる女性。

こうなるとヘタレる俺たち。


(´Д⊂ やばいよ~ ←俺

(´Д⊂ やばいよ~ ←マガリ



「いや…本当に撮ってないですよ…」
と言って、この降って沸いたような悲惨なトラブルを回避しようと、必死に物的証拠を提出。
つまりデジカメの写真を見せたのだ。

しかし俺の差し出した写真を見もせずに言う女性。


「撮りなさいよ」



「は?(´・∀・`)」





「私を撮って」




と今度はアルプスの高原が春になり花満開となったぐらいの笑顔でピースサインを構える女性。



なんなんだ…_| ̄|○


とりあえず暗い店内。
演奏は休憩時間だったこともあるし、

写真がブレる → ちゃんと撮れよボケ!

という展開を先回って予想し、フラッシュ撮影を敢行。
撮った写真をご機嫌な様子で見る女性。


が…


アイゴ! これ幽霊じゃない!」




アイゴって…





そうなんですよ…

ヒア イズ ホンコン。

バット… シー イズ …





コリアン_| ̄|○

どうして…どうしてここまで来て、激しく酔っ払った韓国女性にからまれるんだ_| ̄|○
もはや韓国と離れることのできない運命やら宿命やら何やらを感じ、すべてを受け止めることを決意。
韓国語も少しできることを伝えると、軽く驚きつつも、彼女も韓国語にスイッチ。

猟奇的な彼女って映画あったじゃないですか。けっこう好きなんですけどね。あの映画。
で、ものすごい口の悪い女性が主人公じゃないですか。
あれなんですよ。あのノリ。

会話が英語じゃなくなった瞬間、

「お前、ちょっとその写真消せ。…早く消せって言ってんだろ!」

ですよ(´・ω・`)


で、ワケわかんないんですよ。彼女。
俺とマガリが日本語で話をしようものならこうですよ。



「おい! 変な言葉で話すな! ぶっ殺すぞ!」


(´Д⊂ はい; ←俺

(´Д⊂ (韓国語は分かんないけど、とりあえず雰囲気で) ←マガリ



かと思えば唐突に



「名刺やる」



(´Д⊂ はい; (別にいらないけど…) ←俺

(´Д⊂ (何の話なのか全然わからないけど日本語を話したら怒られるし…) ←マガリ


彼女はゆったりとした動作で財布から取り出した名刺を手でグチャグチャに丸め始める。
そして噛み終えたガムぐらいの大きさになると、それを楽しそうに俺たちに投げつけた。
これですね( ´・ω・)  Oさんです。O嬢。



俺は言う。
「お会いできて嬉しかったですよ。でも、あちらにお友達かもしくは彼氏かもしでませんね…
が1人で待っていますよね。ですから、そろそろ向こうのテーブルに戻ったほうがいいと思うんですけど…」

O嬢はもともと韓国人と思われる男性と一緒にこのバーに来ていたのだ。


「あいつ? あいつは今日初めて仕事で会った人」

サラりと言い放つ。

あいつって…_| ̄|○
どう見ても40を過ぎた、しかも同じ韓国人じゃないですか…。儒教の教えはどこにいったの;

とにかく近くのテーブルに座っていた男性も、こちらで自分の話題になっていることに気づき、やってきた。
どうやらO嬢は、この男性にとっては大切な取引先の会社の人なので、
自分から見れば小娘とも言える相手にも関わらず、無下に扱うこともできずホトホト困っていたようだ。

当然と言えば当然だが、このオヤジはO嬢から逃げたいらしく、しきりに
「お互いに気に入ったのなら、今から違う場所に飲みに行ったらどうですか? それじゃ、私はお先に…」
などと勝手に俺たちが香港で偶然出会った運命の相手、みたいな展開にしたがるから性質が悪い。

日本語を使った瞬間にO嬢の本気パンチを受けることを学んだマガリは岩石のごとく沈黙を貫いたが、
俺とオヤジはアイコンタクトで協力して
「死ぬまで飲むぞ!」とか戯言を高らかに宣言するO嬢を
なんとかホテルに帰すような話の流れを作る努力をしていた。

横ではドイツ人と思しき中年の集団が、哀れみの目でこちらを見ている。
なぜか味方がいるようで、嬉しかった。


そんな俺たちに転機が。

まず、マガリがトイレに行った。これが彼のこの日最大のファインプレーとなる。
連れションという名の連鎖反応を生み、オヤジも続く。
するとどうだろうか、私もトイレ、とO嬢も席を立ったのだ。

しかもO嬢
「お前、ちょっとかばんと財布見てろ」って言い残して…


何かが間違ってる_| ̄|○ 
まだ会って20分ぐらいしか経ってないんですが…
極悪人だったら持って逃げちゃうぞ。俺は小悪人ぐらいなので、写真撮影だけ( *・e・)



しばらくするとマガリが洗った手をフリフリしながら出てくる。
そして席を見てオヤジとO嬢がいないのを確認するや

「あの子もトイレ? じゃ、出ようぜ」
あ。久しぶりにマガリの口から日本語が。

「でもマガリさ、ここに(O嬢の)財布置きっぱなしで大丈夫かな…」

「うーん…」


と、ちょっと躊躇していたところに韓国オヤジ帰還。
五光が射していた。これでここにいる理由がなくなった。

「さあ、行こう」

マガリが促しレジに向かう。
120ドル(約1700円)。150ドルを渡したのだが、香港お姉さんがお釣りを出す作業に思いのほか時間がかかる。
あああ、時間ないよ。トイレから出てきちゃうよ。
と、焦りを感じた俺は
「じゃ、お釣りはチップさベイべー」と言い残し(ベイベーは嘘)、足早で出口へと急いだのだった…


が…
















































悲鳴にも似た大絶叫が店内を突き抜けた。
見なくてもわかる。店中の人が彼女に注目しただろう。
俺たちは言葉もなく、ドアを素早く開けるや否や、疾風のごとく香港の夜の街を走り抜けた。

外国旅行恒例の深夜の繁華街ダッシュ。

どうして俺ばっかり、外国に来るといつも走って逃げるんだぁああああああああ!

やり切れない悲しさと虚しさに包まれつつも、必死で足を前に出した。





実際に走ったのは、せいぜい100メートル程度だっただろうか。
それでも肺から漏れる空気の音が完全に限界を表していた。
運動不足の俺たちは同時に力尽きる。

そして力尽きて、倒れこむに相応しい場所。
そこは繁華街の中にポツリと存在するバスケットボール場だった。



まさに _| ̄|○ この体勢で呼吸の回復を待つ40代の体力を自負する27歳の青年。



タンタンと弾むボールの音。
躍動する若者たちの筋肉。
皆が一つのボールだけを追う視線。

俺たちは言葉もなく、彼らのプレイをただじっと見つめていた。



しばらくして落ち着くと、俺は口を開く。
「なんか、ここ、香港って感じするね」
ネオンに光るビルに囲まれたコンクリートの小さな空間。


2日もいると、香港という国について少しずつではあるけど見えてくるものがある。
基本はやっぱり中国。でも、中継貿易で栄えた国だけあって、西洋や日本からの輸入品をはじめ、
またその文化までも当然のように香港のものとしてそのまま取り入れている。吸収はしていない。

香港としての『色』は確実に存在する。
しかし実際のところ、それは様々な色の混合体であるだけで、つまり細かく混じりあっているせいで
遠くから見ればある色 -- つまり香港色 -- に見えるのだが、拡大するとそれは決して一色ではない。

面積が東京の半分という小さな国とはいえ、たった2日という期間だったし、もちろん香港の全てを味わったとは言えない。
しかしある程度は細かい色まで見てしまうと、これ以上の興味が生じないというのが率直な感想だった。

旅行の前に様々な人から聞いていた
『ブランド好きの女が買い物に行く国』という言葉。
俺はこれを聞いて
「いや、でも俺は俺なりに楽しさを見つけることができるから」と思っていた。
退屈な日々の中に笑いや小さな幸せを見出すことは得意だと思っていた。
しかし、この時点では、買い物天国という形容が本当に正しいように思えてくる。

簡単に言えば、2日で香港に飽きたのだ。

そんな話をマガリにした。

するとマガリが言う。
「じゃ、そろそろ行こうか」


「…日程的には早いけど…うん、そうしようか」



あの島にはでっかい危険が待ってる。


こうなるかもしれない。



こうなるかもしれない。



でも、ここで立ち止まっていても何も生まれない。



行こう!






行こうよ!















飛ぼうよ!










マカオへ!







ヽ(*´∀`*)ノ





































「お前、ところでマンゴスティンは?」

















「バーに置いてきちゃった……」



(´Д⊂  ←俺

(´Д⊂  ←マガリも


と、なんか嫌な予感はするものの、我々は翌日マカオへ行くことを決めたのだった。




マカオ編へ続く☆